さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などの言葉がありそこではその「片付く」⦅かたづく⦆はその中でも特にその内のその自動詞側のものでありその「片付ける」⦅かたづける⦆はその中でも特にその内のその他動詞側のものですがそれらの「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などはいったいどういう意味の言葉でしょうか?
たとえば部屋のそこら中におもちゃを散らかしていてとある口うるさいババアに「ちょっとあんたおもちゃをちゃんと片付けなさい!」などと言われた時にはそれはつまりはたとえばおもちゃをその部屋の片側に寄せれば良いのでしょうか?
そしたらその部屋の真ん中ら辺からはおもちゃが消えてすっきりするのでそれで「よっしゃ~!これにて1件落着!万万歳!」ということでしょうか?
まさかそんなわけがありません!
おもちゃはおもちゃ箱の中とか押し入れの中とかきちんとした収納空間の中にきちんとしまわれてこそぞしっかりと片付いたことになるはずです。
おもちゃをそのようにしてただ単に「片付ける」⦅かたづける⦆≒「片側に寄せる」⦅かたがわによせる⦆ことはその問題の何らの根本的な解決にもなっていません。
そしてまたということはそれらの「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などはその発音に対するただの当て字、当て書きでありその意味をきちんと正しく表わしたものではないはずだ!ということにもなります。
さてではそれらの「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などは改めていったいどういう意味の言葉なのでしょうか?
さてそこで参考にしたいのはかの〈英〉語や〈フランス〉語などです。
たとえばかの〈英〉語には形容詞の単語の「Clean」⦅クリーン⦆すなわち「清らかな」⦅きよらかな⦆とその形容詞の単語の「Clean」⦅クリーン⦆が動詞化された単語の「Clean Up」⦅クリーン・アップ⦆すなわち「清らかにする」⦅きよらかにする⦆があったりします。
またたとえばかの〈フランス〉語には形容詞の単語の「Net」⦅ネトゥ⦆すなわち「清らかな」⦅きよらかな⦆とその形容詞の単語の「Net」⦅ネトゥ⦆が動詞化された単語の「Nettoyer」⦅ネトゥワイェ⦆すなわち「清らかにする」⦅きよらかにする⦆があったりします。
そしてまたそれに習ってかの〈日本〉語でのそれらの「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などについても考えてみるとそこではそれらの「片付く」⦅かたづく⦆や「片付ける」⦅かたづける⦆などはすなわち「清ずく」⦅かたずく⦆や「清ずける」⦅かたずける⦆などでありすなわち「清らかになる」⦅きよらかになる⦆や「清らかにする」⦅きよらかにする⦆などを意味しているものできっとあるはずだ!という考えにも至ります。
確かにその発音の面ではその「きよ」とその「かた」の間にはじゃっかんの齟齬がありはしますがその意味の面をより重視して考えるとそれらの「清ずく」⦅かたずく⦆≒「清らかになる」⦅きよらかになる⦆や「清ずける」⦅かたずける⦆≒「清らかにする」⦅きよらかにする⦆などの解釈は極めて良好な納得感を極めて首尾良く提供してくれるものです。