さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「契約する」⦅ケイヤクする⦆という言葉がありその〈日本〉語の「契約する」⦅ケイヤクする⦆という言葉は時としてたとえば「契る」⦅ちぎる⦆ことだなどと言われたりすることなどもあるものですがこれははたして妥当なものでしょうか?
まずその「契る」⦅ちぎる⦆はその〈和〉単語の単語のその発音とその意味から考えてかの〈日本〉語の「誓う」⦅ちかう⦆という言葉とは互いに同系統のものだと考えれるものです。
またそれゆえにその「契る」⦅ちぎる⦆は場合いによってはたとえば「誓る」⦅ちぎる⦆などとして考えたり書いたりしても良いものだとも考えれるものです。
さてではそれを素直に受け止めてそこではその〈漢〉文字の〘契〙⦅ケイ⦆はたとえば「誓う」⦅ちかう⦆や「誓る」⦅ちぎる⦆などを表わすものだということで良いものなのでしょうか?
さてそこで考えたいのはその〈漢〉文字の〘契〙⦅ケイ⦆はたとえばかの〈漢〉文字の〘結〙⦅ケツ、ケチ⦆とこそぞ互いに仮借、通用するものなのではないか?などというような主張です。
そこではかの「相殺する」⦅ソウサツする⦆をたとえば「相殺する」⦅ソウサイする⦆などと読むようにその「結約する」⦅ケチヤクする⦆をたとえば「結約する」⦅ケイヤクする⦆などと読んでそれをよりわかりやすく書くためにたとえば「契約する」⦅ケイヤクする⦆などと書いたなどと考えると色色とうまく説明が付きます。
またその「契約する」⦅ケイヤクする⦆≒「結約する」⦅ケチヤクする⦆≒「結約する」⦅ケイヤクする⦆説はかの〈中国〉語ではたとえばかの「清浄な」⦅セイジョウな⦆のその「清」⦅セイ⦆と「浄」⦅ジョウ⦆やかの「命令する」⦅メイレイする⦆のその「命」⦅メイ⦆と「令」⦅レイ⦆などのように互いに似たような意味を持った言葉たちを並べてまた別の新たな複合的な言葉を作るというかの〈中国〉語でのある種の原則にもその「結約する」⦅ケイヤクする⦆のその「結」⦅ケイ⦆と「約」⦅ヤク⦆としてかなうものです。
因みに他方ではそもそもその〈漢〉文字の〘契〙⦅ケイ⦆は時としてたとえば「楔」⦅くさび⦆や「凿」⦅のみ⦆などを表わすこともあるのではないか?などと言われたりすることなどもあるものですがここではそれは全く該当しません。
いかにも「契約する」⦅ケイヤクする⦆とはすなわち「結約する」⦅ケチヤクする⦆≒「結約する」⦅ケイヤクする⦆であり「結約する」⦅ケチヤクする⦆≒「結約する」⦅ケイヤクする⦆とはすなわち「契る」⦅ちぎる⦆≒「誓る」⦅ちぎる⦆よりもひとえに「結ぶ」⦅むすぶ⦆ものでありかの〈日本〉語の日常会話でもたとえば「結約を誓る」⦅ケイヤクをちぎる⦆などとは言わずにたとえば「結約を結ぶ」⦅ケイヤクをむすぶ⦆などと言うのは極めて妥当なものだった!というのがここでのその本日の結ぶべき結論になります。