言語や思想などを中心に個人で色色と書いています。

「手こずる」⦅てこずる⦆って手がいったいどうなるの?

  • 記事作成日:2026年8月11日
  • 記事最終更新日:2026年8月22日

さてところで皆さんはジャムの瓶の蓋を開けるのに手こずったことはありませんか?

そのようにしてジャムの瓶の蓋がなかなか開かずに困ったワンワンな時にはそのジャムの瓶の蓋に掛かる力はひとえに「手の力」⦅てのちから⦆+「摩擦の力」⦅マサツのちから⦆で決まるものなので布巾とかゴム手袋とかを使ってその「摩擦の力」⦅マサツのちから⦆のほうを上げてあげるとそのジャムの瓶の蓋は意外とあっさりと開いてくれたりするものです。

その「手の力」⦅てのちから⦆のほうは訓練してもすぐには上がりませんがその「摩擦の力」⦅マサツのちから⦆のほうは道具を使えばチートできちゃうものなのでそういう時にはそちら側から攻略すれば良いというわけです。

さてところでその「手こずる」⦅てこずる⦆とはいったいどういう意味の言葉でしょうか?

その「手こずる」⦅てこずる⦆とはすなわちたとえば「手こする」⦅てこする⦆でありすなわちたとえば「手がごしごしとこすれるぐらいに苦労する」ということでしょうか?

その「手こずる」⦅てこずる⦆にそのような「苦労する」⦅クロウする⦆というような意味があるのはあながち間違ってはいませんがそれではいったいなぜその「こする」がその「こずる」へと変化しているのか?いまいちよくわかりません。

さてそこで筆者が目を着けたのはかの「手をわずらわせる」⦅てをわずらわせる⦆という言葉です。

かの〈日本〉語ではたとえば「ありがたく」⇔「ありがたう」⇔「ありがとう」などのようにその「く」がウ音便化することがあるのがよく知られていますがその考え方をもう少し広げていくとかの〈日本〉語ではその他にもかの「こ」や「ご」のオ音便化とかかの「け」や「げ」や「こ」や「ご」のワ音便化とかがあっても良いことになります。

たとえば咳払いは「ごほん」とも「おほん」とも表現されますがこれはその「ご」のオ音便化を想定するとうまく説明できるものです。

またたとえば笑い声は「げらげら」とも「けらけら」とも「わらい」とも表現されますがこれはその「け」や「げ」のワ音便化を想定するとうまく説明できるものです。

そしてまたそうするとそこではたとえば「手こずる」⦅てこずる⦆と「(*)手わずる」⦅てわずる⦆と「(*)手わずらう」⦅てわずらう⦆などが互いに同根であってもおかしくはないということになりますしまたそこからたとえば「その「手こずる」⦅てこずる⦆とはすなわち「手がわずらわしくなる」⦅てがわずらわしくなる⦆ことではないか?」というような仮説もしかるべく浮かび上がってくるものです。

またもし仮にかの〈漢〉文字を使って書くならばその「手こずる」⦅てこずる⦆はたとえば「手煩る」⦅てこずる⦆や「手厭る」⦅てこずる⦆などのように書かれても良いものですが筆者としてはその中でも特にその内のその「手厭る」⦅てこずる⦆のほうこそぞを好みます。

いかにも本日はその「手こずる」⦅てこずる⦆とはすなわち「手がわずらわしくなるほどに苦労する」⦅てがわずらわしくなるほどにクロウする⦆ということでありたとえばジャムの瓶の蓋がなかなか開かないとその手はこすれるどころか「わずらわしく」なってしまうというお話しでした。

アバター
この記事を書いた人
〈日本〉産まれ〈日本〉育ちで〈日本〉語がいわゆる母言語かつ母国語です。〈英〉語はまあまあ得意です。その他にも〈ドイツ〉語、〈フランス〉語、〈ポルトガル〉語、〈中国〉語、〈韓国〉語辺りはある程度までは読めますが言語って実際の会話では人名や地名や難解な言葉や世俗的な言い回しなども含めてすさまじい速さでかなりめちゃくちゃに進行していくものなのでそれを1言も漏らさずに完璧に聞き取ったりするのはなかなか難しいですね。元元は思想や哲学や宗教などが好きで色色と勉強していたりしたのですがそうこうしている内に言語学についてもかなり専門的な知識が身に付くようになりました。最近は特に〈日本〉語の〈沖縄〉弁の方言と〈中国〉語の〈香港〉弁の方言をぼちぼちと折りに触れて勉強しています。あっ因みに〈日本〉の中でも〈大阪〉の民度の低い地域の出身なので〈日本〉語の〈大阪〉弁の方言もその気になればネイティヴでしゃべれます!