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「おびやかす」って「おびえさせる」の?

  • 記事作成日:2025年9月3日
  • 記事最終更新日:2026年7月16日

さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「おびやかす」などというような言葉がありますがその〈日本〉語の単語の「おびやかす」とはすなわち「おびえさせる」ことなのでしょうか?

さてそのような(?)「おびやかす」≒「おびえさせる」説はたとえば「あまえる」と「あまやかす」≒「あまえさせる」や「たぶれる」と「たぶらかす」≒「たぶれさせる」や「そびえる」と「そびやかす」≒「そびえさせる」などのようなまた別の〈日本〉語の単語たちの形にもうまく習っていて1見すると極めて正しいようにも思えるものです。

しかしまたそのような(?)「おびやかす」≒「おびえさせる」説は実際にはその意味がどうにもこうにも支離滅裂になってしまうものでありけっして成り立つものではありません。

たとえば「言論の自由がおびやかされる」時にはそこではたとえば「言論の自由がおびえる」ことになるものなのでしょうか?

否。

「言論の自由」とはすなわち無生物であってけっして「おびえる」ものではありません。

さてではたとえば「言論の自由がおびやかされる」時にはそこではそのような「言論の自由」はいったいどのようになるものなのか?というとそこではそのような「言論の自由」は基本的にはひとえにたとえば「(*)危やかされる」⦅あぶやかされる⦆≒「危なくさされる」⦅あぶなくさされる⦆ことになるものです。

それでこそぞそこではその言葉の意味がぴったりとうまく通ることになるものです。

いかにも「おびやかす」とはすなわち「(*)危やかす」⦅あぶやかす⦆≒「危なくさせる」⦅あぶなくさせる⦆ことでありその〈日本〉語の単語の「おびやかす」はいっそその〈漢〉文字の〘危〙⦅クヰ⦆⇔⦅キ⦆を使ってたとえば「危やかす」⦅おびやかす⦆などのように書かれてしまっても良いものであるように基本的にはかの〈日本〉語の単語の「危ない」⦅あぶない⦆とこそぞ極めて深い関係のあるものであって基本的にはかの〈日本〉語の単語の「おびえる」などとはおよそ何の関係もないものです。

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この記事を書いた人
〈日本〉産まれ〈日本〉育ちで〈日本〉語がいわゆる母言語かつ母国語です。〈英〉語はまあまあ得意です。その他にも〈ドイツ〉語、〈フランス〉語、〈ポルトガル〉語、〈中国〉語、〈韓国〉語辺りはある程度までは読めますが言語って実際の会話では人名や地名や難解な言葉や世俗的な言い回しなども含めてすさまじい速さでかなりめちゃくちゃに進行していくものなのでそれを1言も漏らさずに完璧に聞き取ったりするのはなかなか難しいですね。元元は思想や哲学や宗教などが好きで色色と勉強していたりしたのですがそうこうしている内に言語学についてもかなり専門的な知識が身に付くようになりました。最近は特に〈日本〉語の〈沖縄〉弁の方言と〈中国〉語の〈香港〉弁の方言をぼちぼちと折りに触れて勉強しています。あっ因みに〈日本〉の中でも〈大阪〉の民度の低い地域の出身なので〈日本〉語の〈大阪〉弁の方言もその気になればネイティヴでしゃべれます!