さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「おこがましい」という言葉がありますがその〈日本〉語の「おこがましい」という言葉はかの古典〈日本〉語とかの現代〈日本〉語とではその意味合いが得てして大きく変わってきたものです。
さてその本題へと入る前にまず1つ初めに確認しておきたいのはその〈日本〉語の「おこがましい」という言葉は時としてたとえば「烏滸がましい」⦅おこがましい⦆などのように書かれることもあるものですがそのような「烏滸がましい」⦅おこがましい⦆などのような書き方は基本的にはただのかの〈漢〉文字を使った当て字、当て書きに過ぎないものでありそこには特に何らかの意味があるわけではないものだということです。
さてではその本題へと入るとかの古典〈日本〉語ではその〈日本〉語の「おこがましい」という言葉は基本的には得てしてたとえば「珍妙な」⦅チンミョウな⦆や「愉快な」⦅ユカイな⦆などのような意味を持っているものだと考えれるものであり基本的には得てしてたとえばかの〈日本〉語の「おかしい」や「おもしろい」や「ばかばかしい」などの言葉などとこそぞ互いに同系統のものだと考えれるものでありあえてかの〈漢〉文字を訓使い的に使って書くならばたとえば「妙がましい」⦅おこがましい⦆などのように書かれると良いものだと考えれるものです。
しかしまたその1方でかの現代〈日本〉語ではその〈日本〉語の「おこがましい」という言葉は基本的には得てしてたとえば「傲慢な」⦅ゴウマンな⦆や「僣越な」⦅センエツな⦆や「分不相応な」⦅ブンフソウオウな⦆などのような意味を持っているものだと考えれるものであり基本的には得てしてたとえばかの〈日本〉語の「傲る」⦅おごる⦆や「誇る」⦅ほこる⦆などの言葉などとこそぞ互いに同系統のものだと考えれるものでありあえてかの〈漢〉文字を訓使い的に使って書くならばたとえば「傲がましい」⦅おこがましい⦆などのように書かれると良いものだと考えれるものです。