さてところでかの〈仏〉教の僧侶たちはよく「お坊さん」⦅おボウさん⦆などと呼ばれたりすることなどがありますがかの〈日本〉語の昔の文献などを読んでいるとそのような「お坊さん」⦅おボウさん⦆ではなくむしろ「ご坊さん」⦅ごボウさん⦆やそこからさらに「さん」付けを外した「ご坊」⦅ごボウ⦆という表現に出くわすこともままままあります。
そもそもその「坊」⦅ボウ⦆というのは基本的にはかの「房」⦅ボウ⦆とも互いに全く同じものであり基本的にはありとあらゆる「部屋」⦅へや⦆全般を表わすものです。
しかしまたこの「お坊さん」⦅おボウさん⦆という意味で使われる時にはそれはかなり言葉足らずな表現ではありますが寺などでかの〈仏〉教の僧侶たちが生活する「部屋」⦅へや⦆のみをかなり限定的に指しているものです。
かの〈日本〉語ではその人が住んでいる場所でその人そのもののことを指すことなどがよくあります。
「殿」⦅との⦆に住む人はすなわち「殿様」⦅とのさま⦆であり「北側の部屋」⦅きたがわのへや⦆に住む人はすなわち「北の方」⦅きたのかた⦆すなわち「正妻」⦅セイサイ⦆であり「侍女用の部屋」⦅ジジョヨウのへや⦆に住む人はすなわち「女房」⦅ニョウボウ⦆や「つぼね」などすなわち「侍女」⦅ジジョ⦆であり・・・というようにです。
それらの「ご坊」⦅ごボウ⦆や「ご坊さん」⦅ごボウさん⦆や「お坊さん」⦅おボウさん⦆なども基本的にはその「場所=人」の表現の系譜に連なる表現です。
因みに筆者としては個人的には「坊」⦅ボウ⦆と「房」⦅ボウ⦆は特に互いに書き分ける意味も必要性もなくまたその中ではその内の「坊」⦅ボウ⦆よりもその内の「房」⦅ボウ⦆のほうがより好みなのでそれらはいっそのこと「ご房」⦅ごボウ⦆や「ご房さん」⦅ごボウさん⦆や「お房さん」⦅おボウさん⦆などとしてしまったほうがより好みのものです。