さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「立て籠もる」⦅たてこもる⦆という言葉がありその〈日本〉語の「立て籠もる」⦅たてこもる⦆という言葉はたとえば「強盗犯が人質を取ってビルの中へと立て籠もった!」⦅ゴウトウハンがひとジチをとって Building のなかへとたてこもった!⦆などのように使われるものですがしかしまたその「立て籠もる」⦅たてこもる⦆とはいったい何を立てるというのでしょうか?
たとえば机や椅子などをバリケードとして立てるというのでしょうか?
いいえ違います。
その「立て籠もる」⦅たてこもる⦆ではその「立てる」⦅たてる⦆はひとえに「畳む」⦅たたむ⦆ことを意味するものであり本来であればたとえば「畳てる」⦅たてる⦆などとでも書かれるべきものです。
たとえば「扉を畳む」⦅とびらをたたむ⦆ことはかの〈江戸〉時代ぐらいにはたとえば「扉を畳てる」⦅とびらをたてる⦆ことだとも普通に言いましたしひょっとしたらこの今の〈令和〉の時代にも年代や方言などによってはそのような「扉を畳てる」⦅とびらをたてる⦆というような表現をまだ普通に使うこともあるかもしれません。
また筆者の分析ではたとえば「扉を閉じる」⦅とびらをとじる⦆ことや「扉を閉ざす」⦅とびらをとざす⦆ことなども基本的にはひとえに「扉を畳む」⦅とびらをたたむ⦆ことを意味しているものであり場合いによってはたとえば「扉を畳じる」⦅とびらをとじる⦆や「扉を畳ざす」⦅とびらをとざす⦆などのように書かれても良いものです。
そしてまたそのようにして考えると「立て籠もる」⦅たてこもる⦆とはすなわち「畳て籠もる」⦅たてこもる⦆ことでありすなわち「扉を畳んでその中に籠もる」⦅とびらをたたんでそのなかにこもる⦆ことであり「閉じ籠もる」⦅とじこもる⦆とはすなわち「畳じ籠もる」⦅とじこもる⦆ことでありすなわち「扉を畳んでその中に籠もる」⦅とびらをたたんでそのなかにこもる⦆ことでありそこでは「畳て籠もる」⦅たてこもる⦆も「畳じ籠もる」⦅とじこもる⦆も互いにほとんど同じような意味を持った言葉だということがわかります。
またここからはやや余談にはなりますがその「畳て籠もる」⦅たてこもる⦆のその「籠もる」⦅こもる⦆とはたとえば「籠の中に入る」⦅かごのなかにはいる⦆ことを意味しているものなのでしょうか?
筆者はこれに対しては否定的です。
根拠はじゃっかん薄いですが筆者はその意味からしてたとえば「(*)中もる」⦅なかもる⦆⇔「(*)中もる」⦅んこもる⦆⇔「中もる」⦅こもる⦆などのような変化を辿ったものとしてたとえば「籠もる」⦅こもる⦆≒「中もる」⦅こもる⦆≒「中になる」⦅なかになる⦆説をここではあえて推したく思います。
たとえば「ふざけんじゃねえ」が「ざけんじゃねえ」になる式の変化です。
またそしてまたそうすると
「外れる」⦅はずれる⦆、「外す」⦅はずす⦆
「内まる」⦅おさまる⦆、「内める」⦅おさめる⦆
「中む」⦅こむ⦆、「中もる」⦅こもる⦆、「中める」⦅こめる⦆
などがきれいに成立してその頃合いもなかなかばっちグーという算段です。
(〘内〙と〘納〙は互いにほとんど同じ異体字のようなもので互いにあえて区別する必要はどこにもありません。)