さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「息子」⦅むすこ⦆という言葉がありますがそのような「息子」⦅むすこ⦆というような表記は実はただの当て字書きでありその〈日本〉語の「息子」⦅むすこ⦆という言葉は実は「子ども」⦅こども⦆を意味しません。
その「息子」⦅むすこ⦆と互いに対になる言葉としてはかの「娘」⦅むすめ⦆がありますがその「息子」⦅むすこ⦆のその「こ」の部分はひとえに「男性」⦅ダンセイ⦆を意味しその「娘」⦅むすめ⦆のその「め」の部分はひとえに「女性」⦅ジョセイ⦆を意味します。
これはかの「〈いざなぎ〉」のその「ぎ」の部分がひとえに「男性」⦅ダンセイ⦆を意味しかの「〈いざなみ〉」のその「み」の部分がひとえに「女性」⦅ジョセイ⦆を意味することやかの「彦」⦅ひこ⦆のその「こ」の部分がひとえに「男性」⦅ダンセイ⦆を意味しかの「姫」⦅ひめ⦆のその「め」の部分がひとえに「女性」⦅ジョセイ⦆を意味することやかの「乙士」⦅おとこ⦆のその「こ」の部分がひとえに「男性」⦅ダンセイ⦆を意味しかの「乙女」⦅おとめ⦆のその「め」の部分がひとえに「女性」⦅ジョセイ⦆を意味することなどとも互いによく似ているものです。
また他方でそれらの「息子」⦅むすこ⦆や「娘」⦅むすめ⦆などの中でひとえに「子ども」⦅こども⦆を意味しているのはそれらの「息子」⦅むすこ⦆や「娘」⦅むすめ⦆などのその「むす」の部分です。
その「むす」はその由来はよくわかりませんがその意味からしておそらくは「子ども」⦅こども⦆や「子孫」⦅シソン⦆などを意味しているものだと思われます。
またその「むす」はかの「生す」⦅むす⦆や「結ぶ」⦅むすぶ⦆などとはおそらくは特に互いに関係はありません。
なぜならとある2つの単語のその発音の類似はそれらのとある2つの単語のその系統の同根を即座には意味しないからです。
またその「むす」はもし仮にかの〈漢〉文字を使って書くならば筆者としてはかの〘胤〙⦅イン⦆あたりをおすすめしておきたく思います。
たとえば「胤士」⦅むすこ⦆≒「子どもの男性」⦅こどものダンセイ⦆や「胤女」⦅むすめ⦆≒「子どもの女性」⦅こどものジョセイ⦆などのようにです。