さてところで皆さんは携帯用の照明といえばいったい何を思い浮かべますか?
スマホの照明機能でしょうか?
それとも単体の懐中電灯でしょうか?
それとも〈和〉風の提灯でしょうか?
それとも〈欧米〉風のランタンでしょうか?
それらはどれもそれはそれで良いものですが1つ忘れてはならないのはかの「松明」⦅たいまつ⦆です。
現代では「松明」⦅たいまつ⦆と言うとオリンピックの聖火リレーぐらいでしか見ないものですが100年以上前の昔には「松明」⦅たいまつ⦆もある種の貴重な実用的な道具としてよく使われていたものです。
さてところでではその「松明」⦅たいまつ⦆とはいったいどういう意味の言葉でしょうか?
「松明」⦅たいまつ⦆とはすなわち「焚き松」⦅たきまつ⦆でありすなわち「松を焚いたもの」⦅まつをたいたもの⦆でしょうか?
筆者はこれに対しては否定的です。
なぜなら「松を焚く」⦅まつをたく⦆というのは〈日本〉語として極めて不自然なものだからです。
単語の語源などというものはよくわからないことも多くいやむしろよくわからないのが普通でありごくごく稀にたまたま運良くわかることがあるぐらいのものなのですが筆者としてはそれでもあえて1つの説を挙げるとすればひとえに「「松明」⦅たいまつ⦆とはすなわち「照り松」⦅てりまつ⦆でありすなわち「暗闇を照る松」⦅くらやみをてるまつ⦆である」と主張したく思います。
「魚を釣る竿」⦅うおをつるさお⦆が「釣り竿」⦅つりざお⦆になり「髪の毛をすくはさみ」⦅かみのけをすくはさみ⦆が「すきばさみ」になり「文字を消すゴム」⦅モジをけす Gum⦆が「消しゴム」⦅けし Gum⦆になったのと同じで「暗闇を照る松」⦅くらやみをてるまつ⦆が「照り松」⦅てりまつ⦆になりそしてまたそれがさらに訛って「照い松」⦅たいまつ⦆になったという理窟です。