さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「うとい」という言葉がありますがその〈日本〉語の「うとい」という言葉はかの現代〈日本〉語とかの古典〈日本〉語とではわりと互いに異なった形での使い方をされてきているものです。
まず第1にはその〈日本〉語の「うとい」という言葉はたとえば「地理に明るい」⦅チリにあかるい⦆か?それとも「地理にうとい」⦅チリにうとい⦆か?などのようにたとえば「明るい」⦅あかるい⦆などに対する所のその反対の意味のものとしてかの現代〈日本〉語でこそぞよく使われるものです。
この第1の「うとい」はたとえば「暗い」⦅くらい⦆や「ぼんやりとした」や「うる覚え」⦅うるおぼえ⦆などとも互いに関連して知識の欠如を表わすものでありもし仮にかの〈漢〉文字を使って書くならばたとえば「曖い」⦅うとい⦆辺りが適切なものです。
そしてまた第2にはその〈日本〉語の「うとい」という言葉はたとえば「仲が親しい」⦅なかがしたしい⦆か?それとも「仲がうとい」⦅なかがうとい⦆か?などのようにたとえば「親しい」⦅したしい⦆などに対する所のその反対の意味のものとしてかの古典〈日本〉語でこそぞよく使われたものです。
この第2の「うとい」はたとえば「うろ」や「うつろな」や「すかすかの」などとも互いに関連して密度の希薄さを表わすものでありもし仮にかの〈漢〉文字を使って書くならばたとえば「疎い」⦅うとい⦆辺りが適切なものです。
そしてまた第3にはその〈日本〉語の「うとい」という言葉はたとえば「現象が好ましい」⦅ゲンショウがこのましい⦆か?それとも「現象がうとい」⦅ゲンショウがうとい⦆か?などのようにたとえば「好ましい」⦅このましい⦆などに対する所のその反対の意味のものとしてかの古典〈日本〉語でこそぞちらほらと使われたものです。
この第3の「うとい」はたとえば「うざい」や「うとましい」や「うんざりとさせるような」などとも互いに関連して感情的な嫌悪を表わすものでありもし仮にかの〈漢〉文字を使って書くならばたとえば「厭い」⦅うとい⦆辺りが適切なものです。