さてところでかの〈日本〉語にはたとえば「中毒する」⦅チュウドクする⦆という言葉がありますがその〈日本〉語の「中毒する」⦅チュウドクする⦆という言葉はその見た目の通りたとえば「毒の中にある」⦅ドクのなかにある⦆というような意味を持っているものなのでしょうか?
いいえ、実はそうではありません。
その〈日本〉語の「中毒する」⦅チュウドクする⦆という言葉は実はたとえば「毒に当たる」⦅ドクにあたる⦆というような意味を持っているものなのです。
これはなぜならその〈漢〉文字の〘中〙⦅チュウ、ヂュウ⦆⇔⦅チュウ、ジュウ⦆はかの〈漢〉文字の〘当〙⦅タウ⦆⇔⦅トウ⦆や〘撞〙⦅ダウ⦆⇔⦅ドウ⦆などの代わりにただ単にその発音を借りて使われているだけのものでありいわゆる仮借や準仮借などの用法に当たるものでありひとえに「当たる」⦅あたる⦆というような意味を持っているものだからです。
かの〈漢〉文字の発音を表わす方法としてはいわゆる〈ピンイン〉式の〈ローマ〉文字を使ったものがありますがそれらの〈漢〉文字の〘当〙⦅タウ⦆⇔⦅トウ⦆や〘撞〙⦅ダウ⦆⇔⦅ドウ⦆や〘中〙⦅チュウ、ヂュウ⦆⇔⦅チュウ、ジュウ⦆などの発音はその〈ピンイン〉式の〈ローマ〉文字を使った方法ではたとえば〘当〙⦅dàng⦆や〘撞〙⦅zhuàng⦆や〘中〙⦅zhòng⦆などのように表わされるものですしそれらはどれも互いによく似ているものです。
因みにかの〈漢〉文字の発音を表わす上ではその〈ピンイン〉式の〈ローマ〉文字を使った方法は理論的にはただのごみくずのようなものでありけっしてお薦めできるものではありませんがここでは便宜上「ご参考までに」の精神で挙げておきました。
またその他ではたとえば「的中する」⦅テキチュウする⦆や「命中する」⦅メイチュウする⦆や「100発100中する」⦅ヒャッパツヒャクチュウする⦆などの中に出てくるその「中」⦅チュウ⦆も基本的にはまた同じく「当たる」⦅あたる⦆を意味するものだと考えれるものです。
またかの〈日本〉語ではかの〈漢〉文字はそれぞれに複数の発音を持っていることも別に珍しいことではないものなので場合いによってはいっそのことたとえば「当毒する」⦅チュウドクする⦆などのようにひとえに「当毒する」と書いて「チュウドクする」と読ませて「毒に当たる」⦅ドクにあたる⦆と解釈させても別にかまわないものです。