さてところでかの〈日本〉語ではたとえば「材料をよくかき混ぜる」⦅ザイリョウをよくかきまぜる⦆や「外車をよく見掛ける」⦅ガイシャをよくみかける⦆や「真実をよくぞ言ってくれる」⦅シンジツをよくぞいってくれる⦆などのように時としてその「よく」という言葉がしばしば使われたりすることなどがありますがさてところでその〈日本〉語の「よく」という言葉はいったいどのようにして解釈されると良いものなのでしょうか?
まず初めに「ああ、あの頃はケツが青かったなぁ」な頃の筆者も含めて誰しもが極めて安易に思い付くのはたとえば「その〈日本〉語の「よく」という言葉はたとえばかの〈日本〉語の「良く」という言葉とも互いに関係があるものなのではないか?」などというような考え方です。もちろんその〈日本〉語の「良く」という言葉はたとえば「上司に良く思われたい」⦅ジョウシによくおもわれたい⦆などのようにかの〈日本〉語の中にれっきとして実在するものではありますがしかしまたでは「それらの〈日本〉語の「よく」という言葉たちは全て例外なくその〈日本〉語の「良く」という言葉を使ってうまく過不足なく説明できるものなのか?」と訊かれるとそんなことは断じてけっしてないものです。
そうなのです!
かの〈日本〉語の中にはその〈日本〉語の「良く」という言葉を使っただけではけっしてうまくは過不足なくは説明できないようなまた別の種類の「よく」という言葉がいかにも都合およそ3種類ほど存在しているのです!
さてそれらの3つの種類の〈日本〉語の「よく」という言葉たちは基本的にはどれもその元の非短縮単語たちのその短縮単語に当たるものだと考えれるものですが筆者としてはそのような短縮単語と非短縮単語という考え方をおそらくは世界で初めて独自に導入したことで色色な難解な謎がきれいさっぱりとみごとに氷解することとなりました。
因みにその名称についてはその「短縮単語」のことをたとえば「非延長単語」などと呼んでその「非短縮単語」のことをたとえば「延長単語」などと呼ぶようなまた別の流儀もありいかにもその〈日本〉語のある種の歴史的な発達のその時系列的にはそちらの流儀のほうがかえってより正しい可能性もあるものですがまあいずれにせよここではその名称についてはそのような「短縮単語」と「非短縮単語」の流儀で行くことにしましょう。
さてまず第1にはその「材料をよくかき混ぜる」⦅ザイリョウをよくかきまぜる⦆の中に出てくるその〈日本〉語の「よく」という言葉についてですがこれはたとえば「材料をよくかき混ぜる」⦅ザイリョウをよくかきまぜる⦆≒「材料をしっかりとかき混ぜる」⦅ザイリョウをしっかりとかきまぜる⦆などのように基本的にはかの〈日本〉語の「しっかりと」という言葉のその短縮単語に当たるものだと考えれるものでありもし仮に何らかの〈漢〉文字を使って表わすことにするとしたならばたとえば「強」⦅よく⦆などのように基本的にはかの〈漢〉文字の〘強〙⦅キャウ、ガウ⦆⇔⦅キョウ、ゴウ⦆などを使って表わせるものだと考えれるものです。
そしてまた第2にはその「外車をよく見掛ける」⦅ガイシャをよくみかける⦆の中に出てくるその〈日本〉語の「よく」という言葉についてですがこれはたとえば「外車をよく見掛ける」⦅ガイシャをよくみかける⦆≒「外車をしきりに見掛ける」⦅ガイシャをしきりにみかける⦆などのように基本的にはかの〈日本〉語の「しきりに」という言葉のその短縮単語に当たるものだと考えれるものでありもし仮に何らかの〈漢〉文字を使って表わすことにするとしたならばたとえば「頻」⦅よく⦆などのように基本的にはかの〈漢〉文字の〘頻〙⦅ヒン⦆などを使って表わせるものだと考えれるものです。
そしてまた第3にはその「真実をよくぞ言ってくれる」⦅シンジツをよくぞいってくれる⦆の中に出てくるその〈日本〉語の「よく」という言葉についてですがこれはたとえば「真実をよくぞ言ってくれる」⦅シンジツをよくぞいってくれる⦆≒「真実をいみじくぞ言ってくれる」⦅シンジツをいみじくぞいってくれる⦆などのように基本的にはかの〈日本〉語の「いみじく」という言葉のその短縮単語に当たるものだと考えれるものでありもし仮に何らかの〈漢〉文字を使って表わすことにするとしたならばたとえば「傑」⦅よく⦆などのように基本的にはかの〈漢〉文字の〘傑〙⦅ケツ⦆などを使って表わせるものだと考えれるものです。
またそれゆえにたとえば「私が社会人1年目のまだまだひよっこだった頃にすごく良くしてくれた先輩は私を含む新社会人の同期たちをとある会社の近くにある厚切りタンがおいしい焼き肉屋さんへとよく連れて行ってくれたもので・・・あっそう言えば先輩はその食事の最中には「万が1にも食中毒にはならないように」と「お肉はよく焼いてから食べましょう!」などとよく言ってたような気もするけど・・・そんな私の大好きな先輩のことをそんなふうによくも悪く言ってくれやがるなんてあの牛みたいな顔をしたブサ子ったら今さらながらよくよく鮮明に思い返してみるとほんっとマジで許せないわ!」は基本的にはたとえば「私が社会人1年目のまだまだひよっこだった頃にすごく良くしてくれた先輩は私を含む新社会人の同期たちをとある会社の近くにある厚切りタンがおいしい焼き肉屋さんへとしきりに連れて行ってくれたもので・・・あっそう言えば先輩はその食事の最中には「万が1にも食中毒にはならないように」と「お肉はしっかりと焼いてから食べましょう!」などとしきりに言ってたような気もするけど・・・そんな私の大好きな先輩のことをそんなふうにいみじくも悪く言ってくれやがるなんてあの牛みたいな顔をしたブサ子ったら今さらながらしっかりと鮮明に思い返してみるとほんっとマジで許せないわ!」などのようにして解釈されると良いものだと考えれるものです。
いかにも本日は「かの〈日本〉語ではひとえに「強」⦅よく⦆≒「強っかりと」⦅しっかりと⦆と「頻」⦅よく⦆≒「頻りに」⦅しきりに⦆と「傑」⦅よく⦆≒「傑じく」⦅いみじく⦆という3つの種類の「よく」という言葉をその元の非短縮単語たちを使って互いによくよく区別するのが何とも都合がよろしくてよ」というお話しなのでした。