さてところでかの現代〈日本〉語ではたとえば自動車に乗ってお出掛けしてその辺を走る回ることなどをよく「ドライブする」⦅Drive する⦆ことだなどと言ったりすることなどがあるものですがその「ドライブする」⦅Drive する⦆は何となればあわよくばもっと〈和〉風には言ったりはできないものでしょうか?
さてその〈日本〉語の単語の「ドライブする」⦅Drive する⦆は基本的にはかの〈英〉語の単語の「Drive」⦅ドライブ⦆から来ているものだと考えれるものですがその〈英〉語の単語の「Drive」⦅ドライブ⦆は1つにはたとえば馬車や自動車などを動かして走らせることを意味する言葉です。
その〈英〉語の単語の「Drive」⦅ドライブ⦆はたとえばそれが自動車だけではなく馬車を動かして走らせることをも意味できる言葉であることからもわかるようにけっして最新鋭の目新しい言葉などではなくむしろかの〈英〉語ではわりと古くからよく身近に使われてきた言葉です。
さてその〈英〉語の単語の「Drive」⦅ドライブ⦆はもし仮にかの〈日本〉語の言葉として翻訳されるならばかの〈日本〉語の自動詞の単語の「駆ける」⦅かける⦆に対する所のかの〈日本〉語の他動詞の単語の「駆る」⦅かる⦆として翻訳されるのが自然で良いでしょう。
その「駆ける」⦅かける⦆はかの「駆けっこ」⦅かけっこ⦆とも互いに同根のものでありひとえに「走る」⦅はしる⦆ことを意味するものです。
またそれゆえにそこではその「駆る」⦅かる⦆は必然的にひとえに「走らせる」⦅はしらせる⦆ことを意味することになるものです。
およそ自動詞と他動詞の単語の組みである以上はその発音上は「「駆ける」⦅かける⦆と「駆く」⦅かく⦆」もしくは「「駆れる」⦅かれる⦆と「駆る」⦅かる⦆」の内のそのどちらか1方であったほうがより規範的に行けるものですがそこではその自動詞と他動詞の単語の組みとしてそれらの「駆ける」⦅かける⦆と「駆る」⦅かる⦆が採用されています。
ですが言語の発音というのは特に意味もなく突然変異を起こすことも別に珍しくはないものなのでそれぐらいのその発音上の齟齬は特段目くじらを立てて忌避しなければならないほどのものではありません。
その他の類似の事例としてはたとえばなぜか「寝る」⦅ねる⦆と「寝させる」⦅ねさせる⦆よりもより優先される「寝る」⦅ねる⦆と「寝かせる」⦅ねかせる⦆なども挙げれたりします。
また筆者としてはかの「船を駆ぐ」⦅ふねをこぐ⦆や「自転車を駆ぐ」⦅ジテンシャをこぐ⦆などの中に出てくるその「駆ぐ」⦅こぐ⦆も基本的にはその「駆る」⦅かる⦆と互いに同系統、同品種のものとして互いにほぼ同一視するものです。
またそれゆえにそこでは「駆る」⦅かる⦆≒「駆ぐ」⦅こぐ⦆≒「走らせる」⦅はしらせる⦆です。
またかの〈漢〉文字の面ではその〈漢〉文字〘駆〙⦅ク⦆は基本的にはかの〈漢〉文字の〘御〙⦅ギョ⦆や〘駕〙⦅ガ⦆などと互いに同系統、同品種のものとして互いにほぼ同一視されるものです。
かの「御者」⦅ギョシャ⦆≒「馬車の運転手さん」⦅バシャのウンテンシュさん⦆とはすなわち「駆者」⦅ギョシャ⦆でありすなわち「馬を駆る者」⦅うまをかるもの⦆です。
またその〈漢〉文字の〘駕〙⦅ガ⦆はかの現代〈中国〉語ではたとえば「乗り物を運転する」⦅のりものをウンテンする⦆などのような意味のものとしてよく使われるものです。
いかにもその「ドライブする」⦅Drive する⦆はもし仮に強いてもっと〈和〉風に言うならばたとえば「車駆り」⦅くるまがり⦆や「車駆ぎ」⦅くるまこぎ⦆などとずばり言えちゃうものなのでした。